大阪地方裁判所 平成7年(ワ)8913号 判決 1997年5月27日
原告
鍋川一
被告
セオ運輸株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自七四四万七二六〇円及びこれに対する平成四年一〇月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告らの負担とする。
四 この判決の第一項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自四〇〇八万三九六四円及びこれに対する平成四年一〇月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告セオ運輸株式会社(以下「被告会社」という。)が所有する大型貨物自動車の左横に設置されていた昇降台に乗つていた際、被告川上保(以下「被告川上」という。)が右車両を発進させようとして右昇降台に接触させたため、これにより転落して負傷したとして、被告会社に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、被告川上に対しては民法七〇九条に基づき、損害の賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 被告川上は、平成四年一〇月二〇日午後二時四〇分ころ、大阪市大正区小林西一丁目丸新海運構内おいて、停止していた被告車両(神戸一一き七二八一、以下「被告車両」という。)を発進させるに当たり、前方に駐車中の鋼材積載車を避けようとして右に転把したところ、被告車両の左横に設置されていた昇降台に被告車両左後部角を接触させ、昇降台の上に乗つていた原告を転落させた(以下「本件事故」という。)
2 本件事故は、被告川上が、被告車両を運転して右に転把しようとした際、被告車両の左後方の安全確認を怠つた過失により発生した。
3 被告会社は、本件事故当時、被告車両を所有して自己のために運行の用に供していた。
4 原告は、平成四年一〇月二〇日から平成五年三月三一日まで及び同年一一月四日から同年一二月三日までの間医療法人仁成会串田病院(以下「串田病院」という。)に入院し、また、同年四月一日から同年一一月三日まで及び同年一二月四日から平成六年四月二八日まで同病院に通院して治療を受け、平成六年四月二八日症状固定の診断を受けた。
(1のうちの事故態様は甲第一、第二号証及び弁論の全趣旨により認めることができ、1のその余の事実及び2ないし4は当事者間に争いがない。)。
二 争点
1 原告の後遺障害
(原告の主張)
原告は、本件事故により、右大腿骨転子下骨折の傷害を負い、その結果、右下肢に血流障害があり、冷感が著名で抹消側により強い、右下肢に著しい運動障害と知覚異常があるとの後遺障害が残り、僅かの歩行でも足が浮腫んできて痛み出すため休憩を取らなければならない、立位の保持が困難である、冷感やしびれのため夜も眠れない等の神経症状に苦しんでおり、現在は、右足が不自由であるため、就労は全くできず、外出も思うようにならず、毎日を自宅で過ごさざるをえない状況であり、右の症状は、自賠法施行令二条別表障害別等級表七級四号もしくは七級九号程度の後遺障害である。
(被告らの主張)
原告の主張する症状は、大阪市立北市民病院において、原告に身体障害者手帳の交付を受けさせる目的であえて行われた診断であつて、原告に真実そのような症状があるか疑わしく、仮に、原告に右のような症状が残存するとしても、本件事故との因果関係は不明であり、原告に本件事故によつて原告主張の後遺障害が残つたものとは認められない。
2 原告の損害
第三当裁判所の判断
一 争点1(原告の後遺障害)について
1 前記第二の一4の事実及び甲第三ないし第五号証、第八、第九号証、第一四号証、乙第七ないし第九号証、第一二号証、第一五号証並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 原告は、本件事故により右大腿骨転子下骨折の傷害を負い、本件事故後、串田病院に搬送され、事故当日の平成四年一〇月二〇日に同病院に入院した。原告は、同日より八キログラムの直達牽引を受けた後、同月二三日大腿骨骨接合術を受けた。右手術の際、骨折部位の整復は容易と判断され、骨折部位をスクリユーで固定した後、プレートで骨幹を固定する措置が採られた。同年一一月一三日からベツド上でリハビリも開始され、同月二四日には装具の採型も行われ、同年一二月一日に装具が完成、同月三一日から平成五年一月三日までは外泊も認められた。そして、同月二九日のレントゲン写真では、骨折部位は仮骨で骨癒合はまだ少しという状態であつたが、同年三月二六日にはほぼ骨癒合がみられ、原告は、同月三一日に同病院を退院した。
その後、原告は、同年五月二四日のレントゲン写真では骨癒合がみられ、装具を外し、右足への全荷重も可能となり、一か月くらいで就労可能との診断がされた。同年九月二四日のレントゲン写真では、骨癒合は強固であると認められ、同年一〇月一九日、一一月一日にも同じ状態であつた。そのため、原告は、一一月四日から一二月三日までの間再び同病院に入院し、抜釘が行われた。
なお、平成五年九月二四日に右下腿が冷えると訴え、同年一二月二九日、平成六年一月一四日には浮腫がみられ、同年二月一八日には右下肢がはれ、同年四月一日にも右下肢がはれるなどの症状がみられたが、同月一八日のMRIの結果によれば、右膝の動脈、静脈とも異常がなく、リンパ性浮腫であるとの所見であつた。
(二) 原告は、串田病院で、平成六年四月二八日症状固定の診断を受けた。その際、原告には、右膝関節の運動痛及び運動制限があるとされた。また、同年五月一三日にも、右膝関節の運動痛及び運動制限があり、右下腿にリンパ性と思われる浮腫が認められ、下腿周囲経は右三九センチメートル、左三六センチメートルと、三センチメートルの差が認められた。このとき、 膝関節の運動範囲は、伸展が右マイナス一〇度、左〇度、屈曲が右一三五度、左一四〇度であつた。
(三) 原告は、その後、大阪市立北市民病院で診察を受け、同病院の鈴木真司医師により、「右下肢に血流障害があり、肉眼的にはチアノーゼ様である。冷感が著明で、抹消側により強い。右膝窩動脈及び右足背動脈はともに触知不能で、右下肢に著しい運動障害と知覚異常を認める。」との診断を受け、その際、原告の申告によれば、歩行は一〇〇メートル程度、立位の保持も一〇分間であり、大阪市は、同医師の意見に基づき、平成七年一一月二日付で、原告に対し、「右下肢閉塞性動脈硬化症による右下肢機能の著しい障害」により身体障害者福祉法別表障害等級表(以下「障害等級表」という。)所定の四級の障害があるとして、身体障害者手帳を交付した。
しかし、同医師による臨床所見としては、右下肢に冷感を認め、足背動脈、後脛骨動脈、膝窩動脈の動脈拍動は触知できず、股関節、膝関節、足関節に軽度の可動域制限と軽度の筋力低下を認めたが、個々の関節ごとでは障害等級表所定の障害に該当する程度ではなく、「右大腿骨頸部骨折」の傷病名では身体障害者手帳の交付の対象とはならないため、同医師は、原告の主訴、臨床所見などにより、「右下肢閉塞性動脈硬化症による右下肢の著しい機能障害」として障害等級表所定四級相当との意見を述べたというものであつた。
(四) 原告は、平成八年七月一六日、大阪市立大学医学部附属病院を受診し、同病院の柴田利彦医師は、原告の右下肢に浮腫を軽度に認め、両足とも膝窩動脈以下の動脈拍動微弱なため、ドツプラー血圧計で測定したところ、右足背動脈圧は一五〇mmHgと良好であつた。そして、原告は、同年九月一〇日、同病院第二外科(血管外科)において血管造影検査を受け、閉塞性動脈硬化症の所見は認められないとの診断を受けた。
2 以上によると、原告が本件事故によつて受けた右大腿骨転子下骨折の傷害は大腿骨骨接合術を受けた後順調に回復し、骨癒合も強固な状態となり、右傷害自体は遅くとも症状の固定した平成六年四月二八日には完全に治癒していたものと認められる。
ところで、甲第一六号証の一、二によれば、串田病院の石村俊信医師は、原告の右膝関節の運動痛及び運動制限、右下腿浮腫等の後遺症は、本件事故による右大腿骨骨折とそれに続く右大腿骨骨接合術による右下腿、右下腿の腫脹及び右下肢を安静にして動かさないでおいたこと等により発生したものと考えるとの意見を述べていることが認められる。しかし、甲第一七号証の一、二によれば、同医師は、大腿骨の転子部で骨折が起きると、周囲の筋挫滅出血が生じ、股関節以下大腿、下腿、足部に著明な腫脹を生じ、大、小循環動態は一変し、それに続く骨接合術は更に右病態を進行する方向に働き、これらは、一般的には徐々に改善方向へ向かい、大、小循環動態も旧に復するが、右下腿浮腫の形で残存する場合があり、原告の場合はこれにあたるとしながら、右大腿骨骨折及びそれに続く右大腿骨骨接合術により、右膝関節運動痛、運動制限、右下腿浮腫等の後遺症が発生することは、通常一般的に予測しうるものではないとの意見を述べていることも認められ、原告の右膝関節の運動痛及び運動制限、右下腿浮腫等の後遺症が本件事故による受傷及び手術に起因するとする同医師の意見は、ひとつの可能性を述べているに過ぎず、決定的なものであるとはいえないというべきである。
他方、大阪市立北市民病院の鈴木真司による臨床所見は、右下肢に冷感を認め、足背動脈、後脛骨動脈、膝窩動脈の動脈拍動は触知できず、股関節、膝関節、足関節に軽度の可動域制限と軽度の筋力低下を認めたというものであり、また、大阪市立大学医学部附属病院の柴田利彦医師による所見でも、原告の右下肢に浮腫を軽度に認め、両足とも膝窩動脈以下の動脈拍動が微弱であつたというものであるうえ、原告の主張によれば原告には間欠性跛行がみられるというのであつて、これらの症状が右大腿骨骨折による周囲の筋挫滅出血を起因として発生したものであるとは考えにくい。かえつて、甲第一五号証によれば、閉塞性動脈硬化症の初発症状は間欠性跛行で、動脈閉塞部位によつて殿筋、大腿筋群、腓腹筋などに歩行痛を起こし、その他、指趾のしびれ、冷感、チアノーゼなどを伴うものであることが認められるところ、原告の症状は、むしろ閉塞性動脈硬化症の症状であると考えやすいということができる。そのうえ、乙第八号証、第一四号証によれば、原告は、昭和五八年六月ころ脳梗塞を起こしたことがあることも認められるところ、乙第一一号証によれば、閉塞性動脈硬化症は、動脈硬化を基盤として下肢における慢性の虚血性変化を主たる症候とする疾患であり全身動脈硬化の一部分症であることが認められ、原告の膝窩動脈以下の動脈拍動の微弱が両足に現れていることに照らしても、原告は閉塞性動脈硬化症に罹患していた可能性があることは否定できない。なお、大阪市立北市民病院の鈴木真司医師が、原告の病名を右下肢閉塞性動脈硬化症と診断したのは、前記のとおり、原告に身体障害者手帳の交付を受けさせるのが目的であつたと認めれられるが、同医師も、原告の主訴、臨床所見などにより右病名を付しているのであつて、同医師が原告を診察した際、原告には一応閉塞性動脈硬化症と診断することも可能な症状が現れていたものと認めるのが相当であり、また、原告は、平成八年九月一〇日、大阪市立大学医学部附属病院において血管造影検査を受け、閉塞性動脈硬化症の所見は認められないとの診断を受けているが、右の血管造影が行われた部位は不明であり、原告が閉塞性動脈硬化症に罹患している可能性を否定する十分な根拠にはならないというべきである。
3 以上によると、原告の主張する後遺障害は、本件事故による右大腿骨転子下骨折の傷害及び右治療のために行われた大腿骨骨接合術に起因するものとは認められず、本件事故との間に相当因果関係を認めることはできないから、原告の後遺障害に関する主張は採用できない。
二 争点2(原告の損害)について
1 入院雑費 二五万〇九〇〇円(請求どおり)
平成四年一〇月二〇日から平成五年三月三一日までの一六三日及び同年一一月四日から同年一二月三日までの三〇日間の合計一九三日間串田病院に入院したものであるところ、弁論の全趣旨によれば、原告は右期間中一日当たり一三〇〇円の雑費を負担したものと認められるから、その合計は二五万〇九〇〇円となる。
2 休業損害 九八八万一七七五円(請求どおり)
甲第六号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時大正埠頭作業株式会社に勤務してクレーンの運転等の業務に従事し、平成三年には六四八万七一三七円の年収があつたことが認められるところ、原告は、本件事故の日である平成四年一〇月二〇日から症状の固定した平成六年四月二八日までの五五六日間就労できなかつたものと認められるから、原告の休業損害は九八八万一七七五円となる。
計算式 6,487,137÷365×556=9,881,775
3 逸失利益 〇円(請求二三九三万六四九七円)
既に認定したとおり、本件事故によつて原告に原告主張の後遺障害が残つたものとは認められないから、逸失利益に関する原告の主張は採用できない。
4 慰藉料 二三〇万円(請求一一五〇万円(入通院分三〇〇万円、後遺障害分八五〇万円))
本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告が本件事故によつて受けた精神的苦痛を慰藉するためには、二三〇万円の慰藉料をもつてするのが相当である。
三 結論
以上によれば、原告の損害は一二四三万二六七五円となるところ、原告は、労働者災害補償保険から休業補償給付として五一二万三五四五円の支払を受け、また、被告会社から二八万四二七〇円、自賠責保険から二七万七六〇〇円の支払を受けている(当事者間に争いがない。)から、右損害額からこれらを控除すると、残額は六七四万七二六〇円となる(なお、被告らは、原告は更に被告会社から六万五四七五円、自賠責保険から二〇〇円の支払を受けたと主張するが、乙第一号証によれば、これらは、治療費、看護料、文書料に関するものであることが認められるところ、原告はこれらについては本訴において請求していないので、右損害からは控除しない。また、原告が労働者災害補償保険から障害補償給付として三四四万三七八九円の支払を受けたことは当事者間に争いがないが、これを原告の逸失利益以外の損害のてん補に充てることは相当でないから、右損害からは控除しない。)。
本件の性格及び認容額に照らすと、弁護士費用は七〇万円とするのが相当であるから、結局、原告は、被告ら各自に対し、七四四万七二六〇円及びこれに対する本件事故の日である平成四年一〇月二〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 濱口浩)